Legal Column
リーガル・コラム

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DNA鑑定と親子関係

DNA鑑定で血縁関係が否定された場合に法律上の父子関係を不存在とすることができるかが争われた訴訟について、最高裁判所は、平成26年7月17日、法律上の父子関係を不存在とすることはできないという判決を下しました。この事件は、新聞などでも大きく報道されましたが、法律解釈の難しさを示す事例として今回紹介させていただきます。

この日に下された判決は2件あるのですが、事案の内容としては、いずれも、婚姻中の妻が他の男性との間で子供をもうけ、1・2年の間は夫がその子供を自分の子供として監護養育したのですが、その後、妻が子供を連れて別居し、今はその男性と子供と一緒に暮らしているという事案で、妻の側から子供の法定代理人として、夫と子供との間の親子関係不存在確認の裁判を起こしたものです。

妻(子供)側で私的に行ったDNA鑑定の結果によれば、男性が子供の生物学上の父親である確率は99.99%ということでした。

それにもかかわらず、最高裁は法律上の父子関係の存在を否定しなかったのです。それはなぜでしょうか。

この問題を考えるにあたっては、民法が父子関係についてどのように規定しているかを確認する必要があります。

母子関係は懐胎・分娩という事実により容易に確認することができますが、父子関係は同じようにはいきません。そこで、民法は、妻が婚姻中に懐胎した子供は夫の子と推定するという規定を設けています(772条)。そして、その推定を覆すためには、夫が子供の出生を知った日から1年以内に、夫の側から嫡出否認の訴えを起こさなければならないと定めています(774、777条)。

逆に言うと、婚姻中に懐胎した子供について、妻や子供の側から父子関係を争う方法は民法には規定されていないのです。

もっとも、最高裁のかつての判例には、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子供について、妻がその子供を懐胎すべき時期に、すでに夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情がある場合には、父子関係の存在を否定することができるとしたものがあります。

しかし、本件の場合は、懐胎時期に、夫婦の実態が存在していたので、この判例法理は適用できませんでした。

そこで、最高裁は、夫と子供の間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、夫と妻がすでに離婚して別居し、子供が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、父子関係を争うことができないと判断しました。

あまりに杓子定規で、市民の感覚に反するような気がしないでもありません。実際にこの判決には、担当した5人の裁判官のうち2人から反対意見が示されています。

しかし、多数意見の補足意見には次のような指摘もあります。

「たまたまDNA検査をしてみた結果、ある日突然、それまで存在するものと信頼してきた法律上の父子関係が存在しないことにつながる法解釈を示すことは、夫婦・親子関係の安定を破壊することになり、子が生まれたら直ちにDNA検査をしないと生涯にわたって不安定な状態を解消できないことにもなりかねない。このような重要な事項について法解釈で対応できないような新たな規範を作るのであれば、国民の中で十分議論をした上で立法するほかない」

法解釈の難しさ、奥深さを考えさせられる事例だと思います。