Legal Column
リーガル・コラム

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名無しの権兵衛訴訟

日本においては,氏名や住所のわからない人物に対する訴訟提起は認められませんが,アメリカでは,身元不詳の被告を「Jhon Doe」(*実名不明の男性を指す名。女性の場合は「Jane Doe」となります。)等の仮名として提訴することが認められています。「ジョン・ドゥ訴訟」と呼ばれていますが,日本流に言えば,「名無しの権兵衛訴訟」ということになるのでしょうか。

ところで,インターネットの普及は,情報の利用・流通における利便性を提供した反面,以前にはなかった弊害ももたらしていますが,ネット上の書き込みによる名誉毀損,プライバシー侵害の急増もその一つでしょう。

ネット上の書き込みは,本名を明かさず,いわゆる「ハンドルネーム」(ネット上で使用されるニックネーム)を利用して行われることも多く,そのような場合,素性を知られずに書き込みができるということなどから,他人の名誉権やプライバシー権を侵害するような悪質な書き込みも安易に行われがちです。ネット上に掲載された記事は,世界中の人が手軽に閲覧できる上に,それを閲覧した者がコピーして別の所に掲載するといったことが繰り返し行われて非常に広い範囲に広まってしまう可能性があることや,一度掲載された記事は削除されるまで保存され続けることなどから,その被害拡大も甚大なものになりがちです。

しかも,被害を受けた人が加害者に責任追及する場合にも,非常に大きなハードルがあるのです。雑誌記事を問題とする場合は,当該雑誌を発行している雑誌社などを訴えればよいのですが,ハンドルネーム使用によるネット上の書き込みの場合は,加害者が誰であるかについて探るための迂遠な手続を経なければなりません。まず,①書き込みが行われたブログ等の管理者(コンテンツプロバイダ)に対して,IPアドレスやタイムスタンプ(後述する経由プロバイダへの情報開示請求に必要な情報です)の開示を求め,次に,②この情報を示して,加害者が契約しているインターネットサービスプロバイダ(経由プロバイダ)に対して,の氏名,住所等の情報の開示を求める,といった手続を経て,ようやく,③発信者への損害賠償請求訴訟提起等の責任追及に進むことができるのです。このように3段階もの手続きを踏まなければならないことは被害者にとって非常に負担が大きいといえます。

この点,冒頭で紹介しましたように,アメリカでは,身元の分からない加害者に対しても,「Jhon Doe」等の仮名で提訴することができ,裁判の審理の前の証拠開示手続において,プロバイダ等に対して,発信者情報開示を請求し,被告を特定するという手続がとられているようです。我が国でも,このような訴訟が認められるとすれば,一度の訴訟手続で被害回復が図られる可能性が高まり,被害者救済の観点からは好ましいのですが,このような手続を明確に認めるためには,民事訴訟法の改正など,手続整備にあたって検討すべき問題も多いようです。